kenichi kurosawa : 黒沢健一オフィシャルサイト


2018カルカルイベントレポ

 

2018年12月23日(日曜祝日)
恒例の12月のカルカル、今年も開催。
今年はゲストにL⇔Rの木下裕晴・徳山秀典、そして新潟ジョイフルタウンが発刊するインタビュー誌「Cast」の編集者笹川清彦の3名を迎えての秘蔵ネタ満載のトークショーとなりました。

まずは、カルカル店長シンスケさんと私江口が登壇して2018年のリリース「HEAR ME NOW」アナログLPと「BANDING TOGETHER LIVE DVD」の報告を行った後、


 

早速「This Song」のデモテープを公開。カセットテープのシャーというノイズと共にアコギ1本の弾き語りでニュアンス英語バージョンです。個人的な感想ですが、最終的に世に出ている完成盤よりも儚さが増していてとても美しい。続いて幻の「This Song」のMV。ゴールデンウイークの東京湾で船の甲板にピアノをクレーンで積み、そこで撮影した物。結構寒くて大変だったそうです。

 

 

MV鑑賞の後は遂に木下さんの登場です。健一くんが亡くなってからいわゆる黒沢健一関係のイベント等の催し物に今回初登場となります。
木下さん曰く、これまでコメント掲載や投稿など健一HPとこのカルカルでのイベントではやってきたけど、それは健一が信頼していたカルカル店長の横山さんであり、同じく信頼していた最後のマネージメントであったからで、自分とファンの皆さんとの間に媒体を介するときちんと伝わらないと。ファンと直接話ができる場、それが今日、この場なのですと熱く語ってくれました。
その木下さんから、同様に健一が信頼していたライターさん、新潟の笹川さんの紹介が有り、亡くなる最後まで一緒にいた兄弟のように仲の良かった徳山くんの紹介がありました。徳山くんは「黒沢マニアの徳山です。今日は皆さんを笑顔にするためにきました!」と彼らしい挨拶を。

出演者が揃ったところで、木下さんの音頭でお客さん全員と「乾杯!」

さて続いて本日の最初の秘蔵映像。95年7月L⇔Rの富士急コニファーフォレストでのライブの際のトラブルシーン。シーケンスが走らず、間をつなぐために健一くんの即興弾き語り。ライブの経験値が少ないはずの健一くんですが、手慣れた感じのアドリブでその場を切り抜けます。これには木下さんも感心したそうです。
この後笹川さんを中心にインタビュー誌CastのL⇔R取材時の話に。Doubtの時の写真は「見ざる言わざる聞かざる」で、もうインタビューアーの敵ですよ発言(笑)。笹川さんはL⇔Rの大ファンで、社内会議でL⇔Rを表紙にしたいと推してくれていたそうですが、いざ表紙に決まった号のインタビューに黒沢健一は出てこず。俺の立場はどうなる?と話してらっしゃいました(笑)。
木下さんからはLAND OF RICHESの頃がL⇔R3人と岡井さん遠山さんら大人チームとの、バランスが一番良かったかなと。Doubtの頃はバタバタだったと。

ここでライブの話に戻りますが、L⇔Rは初期の頃ライブをやらずレコーディングばかり。実はライブがやれない、出来ないという噂が先行しましたが、実際は黒沢健一という日本有数のヴォーカリストを秘密兵器に一気にライブバンドへと変貌を遂げるんですよね。木下さん曰く、「バンドにはここぞという場面で勝たないといけないライブがあって、健一はすべて勝った」と。

そして、Curve509の話へ
ここで、秘蔵映像「タワレコインストアでのTell Me Why You’re Leaven’」
ロックです!The WHOの様です。木下さん曰く、My Generationのパクリです(笑)

HEAR ME NOW
健一くんが亡くなって数日して、健一くん宅の二階の作業部屋に行って残した音源探し。早速マルチトラックレコーダーを発見。ただ誰もそれがつながっている先のオーディオの使い方がわからない。でも木下さんは知っていました。なぜか──それはもともと木下さんのオーディオだったから。音を出すのにちょっとコツがいるそうです。そしてこのレコーダーのダイヤルを適当に回して最初に再生されたのが「Rainin’In My Heart」!! これはもう運命。木下さんが見つけるように最初から仕組まれているようだと。そういう役割なんだなと。この曲は徳山くんに提供する話もあり、別の歌詞で一度チャレンジしたそうです。でもまだ年齢的に早いと言うことで話はなくなったと。


そして、ドラム堀くんからの手紙へ。
シンスケさんが読み上げます。出会いから始まり、健一くんとの思い出が綴られ、共に音を出す仲間に…というところでまさかの2枚目紛失。なので、続きは休憩後。
休憩前の最後の話題は名曲「Grow」へ。「Grow」の歌詞は亡くなった健一くんに対する僕らの歌のようですが、作ったときに自分が死んでしまうなんて思っているわけないから、誰かに向けて書いたのでは無いかと木下さん。笹川さんからは、当時のインタビュー記事を読み返すと、この曲が一曲目のアルバム「Focus」が完成したのが今からちょうど10年前の12月23日。そして木下さんは、「Grow」は東京から去って行く堀くんへの歌なのでは無いかという説を昔からのスタッフに聞いたと。堀くんが親友であったこと、家業を継ぐために実家に帰ってしまうのを止めようとしたこと、レコーディングに参加しているにもかかわらず、木下さんが聞いてない「Grow」デモテープが送られていた事実がそれを物語っているようだと。
ここで、ドラムやシンセ類が沢山入っているCD音源とは全然違うバージョンの「Grow」のデモが流れます。一同、黒沢健一にとって堀くんは重要人物と認定。イベント前半の締めは「ホリナイト」と化してました。

 

 

休憩空け、シンスケさんに変わって徳山くんがプロの声優としてドラム堀くんの手紙を読み上げます。2枚目は無事出てきました。

 

質問コーナー
健一くんのレコードコレクションの量は?の問に対して徳山くんから「t(トン)」という答え。家がつぶれるほどだそうです。僕も見てますが、確かにそうです。
俺だけが知っている健一くんの秘密は?という問には木下さんから、実は天然を演じていた説。これは客席から「えー」という声がかかり、「半分は」と言い直しました。あれだけの曲がかけて、あれだけの歌が歌えて、人と一緒にやるには完璧すぎなので、わざと隙を作って他人が付き合いやすくしていたと。その方が健一くんも楽だったのでは無いかと。
果たして真相は??

そして徳山くんと健一くんの出会いの話へ
第一印象は怖かったと。健一くんは部屋の中で帽子にサングラスといういでたち。怖っ!と思ったら、帽子もサングラスも取って立ち上がり、黒沢です〜とお辞儀してくれたそうで、なんだいい人だーって思ったと(笑)。で、健一くんは何十年経っても歌える曲、海外でも通用する曲を君に書くと言ってくれたそうで、実際今歌っても作ってもらったときより、より歌詞の意味がわかるようになったと言ってました。深いですね。。。ただレコーディングは鬼だったと。「卒業」という曲でハイトーンが続く歌をうまく歌えなかったとき、健一くんから明日スタジオに女の子を連れてくる様に指示があったと。で、翌日、クラスの女の子がブースで見ている前で歌ったら、昨日のレコーディングが嘘のように一発で声が出たそうです。凄い!敏腕黒沢プロデューサー。
そんな徳山くん初めてのアルバムが完成した時に健一くんが徳山くんに送ってきたイラストがこちら。

 

 

いやー、相変わらず黒沢画伯の絵は素晴らしい!

ひとしきり画伯の絵で盛り上がったあと、徳山くん代表曲の「FOR REAL」の黒沢健一ガイドヴォーカルバージョンを皆で聞きます。徳山くんのレコーディング用にほとんどの曲が健一くん自らのガイドヴォーカルが録音してあり、徳山くんはその歌の様に歌う様にしていたと。
徳山くん的にはハードルが高く大変だったと。。。木下さんからは、徳山くんに書いていた曲は他の方への提供曲と違って、自分でやれば良いほどだと思ったのだが、健一くんがやるには少し若かったらしい。また、徳山くんから、健一くんにおまえの声が羨ましいと言われたというエピソードが披露されました。おまえの声で歌いたかったと。


笹川さんの大好きなBanding Together in Dreams
健一くんからレコーディングでベースを弾いて欲しいと木下さんに依頼が来たとき、ライブ仕事でスケジュールがいっぱいで最初断ったそう。しかし健一くんからはそのライブ仕事が終わるまで待つと。でレコーディングが終わって完成したCDを見たら貴子と秀樹が初めて参加していたと。リズム録りの時は全然知らなかったと。

ここで、木下さんから、俺はしゃべりではお金をいただける様なものでは無いので、芸を披露しますという発言が。つまり演奏です。ライブです。
健一くんのタカミネを徳山くんが、健一くん所有のへフナーを健一くんのVOXに繋いで木下さんが弾きます。曲は「リトルソング」と徳山くんの「Blue」。もう誰が聞いても黒沢健一の曲です。「Blue」は健一くんの手書きの歌詞カードを見ながら。たった2曲でしたが素晴らしい演奏・歌でした。木下さんからは健一が書いた曲を徳山くんが沢山歌っている。その曲を徳山くんと一緒にプレイしたいと。うれしいことを言ってくれますね。

そしてこのイベントも締めに
最後はプレゼント大会。
・「This Song」で健一くんが着ていたT-シャツ
・    New Voicesツアーポスター入りファイル
・    B-Meツアーポストカード
・    New Voicesツアーミニバッグ
・    ツアーTシャツ各種
などなど大量に放出されました!

プレゼントが終わり最後の挨拶へ。
ここで笹川さんが「L⇔Rからソロにかけて僕が行ったインタビューをすべて一冊にまとめた黒沢健一Castを、来春くらいには発売します!」と宣言されました。木下さんからも、その黒沢健一Castに向けて夏くらいにインタビューを受けているので是非読んでもらいたいと。
さらに、徳山くんからは、健一くんの音楽や話を共有できる場所にもっと参加したいという熱い想いが語られました。

世の中はクリスマス。最後に「Northtown Christmas」のデモテープ。なんと健一くんが高校生の頃に自宅で録ったピアノでの弾き語り。ありきたりの言葉しか出てきませんが、彼は天才です。天使です。

最後最後と言いつつ、本当の最後の締めはシンスケさんのたってのリクエストで、2009年のお台場カルカルでの映像、遠山さんのキーボードをバックに健一くんがしっとりと歌うThe Skylinersの「This I Swear」のカバー。美しいオールディーズのバラードナンバーで、この夜の幕が閉じられました。

昨年のイベントもそうでしたが、こんな濃い内容のイベントは他ではあり得ません。詳しくレポートさせて頂きましたが、これでも駆け足で書いています。抜けている部分もありますが臨場感は伝わりましたでしょうか?


 

| - | 2018.12.28 Friday |
健一君へ

健一君  、、

さてさて 今 君は何をしてるんだか

、、  

家の床が抜けるのではないか、と心配する量のレコード・コレクションの中から、the Dave Clark 5 の分を僕に譲ってくれるって?

いやいや、受け取らないよ〜 

随分と年上の僕の方が そろそろ君に こちらのDC5コレクトを全て渡そうとしてるんだから。

 

思えば まだ 17才の君が、僕の家の

アナログ盤を見て目がギンギラに

なった日が、忘れようにも忘れられない日だな。我が家には床抜けの心配をするほどの数は無かったけど、次から次に聴きまくって

朝まで大笑いして語りあったね。

間違いなく、あの日から君は僕を信用してくれて、僕は久しぶりに新しい音楽仲間と出会った気分にさせて貰った。その後の色々の、事始めの日だったよね。

             ・ ・ ・ ・ ・ 

健一 17才が 渋谷の小さなスペースに現れた時は、学ランズボンに白シャツ インの出で立ちだった。その日の学業終了後 即 こちらへ向かう事にさせたから、なのは 分かっています。申し訳ない。

そこからが また笑う。履歴と特技について、なんて俗な質問とやり取りの最中、スプーンを曲げてくれました。

ちゃんと保存して有ります。

                ・ ・ ・ ・ ・ 

唯一無二の歌声の持ち主で、タマラナイ気持ちにさせてくれる メロディーの宝庫である健一とは、その後の どんな作業にも夢が有りました。

根底で息が合っていたのは、音楽に対しては 作品至上主義で進めたい! という ピュアで青臭い理想の持ち方だったと思います。

” しかし、ナンだぞ、事情とか 人間関係に不器用な我々が  さらに不器用に進める事になるから、これは結構 ウザイ動きになるぜ。ヘタすると嫌われるぞ  ”   というような会話の記憶も有ります。

彼との音楽四方山話しで 度々 、

人が神格化されたり伝説になる事よりも、何かしかの礎になる音楽が積み重なって、それで ヒストリカルな作品が生まれ続けちゃうって事が、素晴らしくて タマラナイ よね、なんて話してました。  

黒沢健一 って、音楽だけにはギンギラしていて、キャラの殆どは アンニュイな ソフトな不良、というのが 僕の彼に対する当初の人物像です。

そんな少年が 何気なく口に出す想い、饒舌に熱弁してくれる事 色々が、オジサン年齢にさしかかってる自分には とても刺激的でした。

唯一無二の存在が、唯一無二の経験を運んでくれた、、そういう存在です。

 

L- R については、その事初めから 終息まで、様々なスタンスで携わらせて貰えました。

作業状況・変遷 etc 細かく記憶に残っています。

短くも、山あり谷ありの日々でしたが、概ね 制作現場のスタジオ内は笑い声の連続で進めさせて貰えたと思っています。

こうして話させて頂いてる この場は 黒沢健一 の場なので、

彼と一緒 または 囲むかたちで様々な才能を持ち寄って力を発揮された方々について、自分なりの知っている限りの詳細報告が ままならないのが、少し残念ですが、、。

        ・ ・ ・ ・ ・ 

時が過ぎて、いつの間にか 僕の悩みを健一が聞いてくれる機会も増えました。

彼の答えは いつも、宇宙 と 縁側の陽当たり と 大人の社会が ヒトカラげに纏まったものでした。。。

 サンキュー 。。。 

 

一個人音楽ファンの僕の気持ちとしては、こちらの相談にのってくれるようになった大人な彼が作る曲よりも、溢れ出てくるけど どうして良いのか分からん状態の少年時代の曲が好きかな、、

いずれにしても、音楽文化人 

黒沢健一  まだまだ頑張れ、と

言いたい。

 

Hear Me Now  に参加させて頂いて、心から感謝しております。

ありがとうございます。

そして、おめでとうございます。

 ” 19 August 1987 ” は、本当に久しぶりに彼の表情だけ見て隠やかに作業してみました。

          ・ ・ ・ ・ ・ 

健一君、

これってエラく久しぶり、じゃね? 

この感じ良くね?

やっぱ、コレつけた方がオモロくね? 

で、こうなると好きくね?      

、、だよね、そうしようぜ  

 


D.O kai

 

| - | 2018.12.05 Wednesday |
45's love song

HEAR ME NOW LP発売記念!!

木下裕晴さんよりコメントいただきました。ありがとうございます!

レコード残りわずかとなって参りましたので、

悩んでる方は後悔しないようお早めにお手元に置いてやってください。

 

 

 

 

皆さんにもその当時の空気や景色を思い出させてくれるという曲が

あるのではないかと思います。

以前もこのfeatureでスタッフの方も言ってましたね。

黒澤健一の「45’s Love Song」は僕にとってまさにそういう曲です。

 

当時、アルバイト先の友人に誘われて、初めてラギーズ(黒澤兄弟がやってたバンドです)を

吉祥寺のライブハウスに観に行きました。

本編の最後と、アンコールで「45’s〜」を演ってました。

何故2回演ったのか。確かドラマーがサポートの方だった為、アンコール用の

曲まで用意出来てなかったのが理由だったと思います。

 

ライブが終わって挨拶しました。そして僕がその日の昼間に出席した大学の教科書の

白紙部分に連絡先を書いて、健一と交換しました。

当時はスマホどころかガラケーもない時代。

 

その後、友達付き合いが始まるのですが、ある時「45’s〜」の収録された

デモ集をもらいました。TDKのグレーのカセットテープに10曲くらい入っていたと

思います。「45’s〜」は確か2曲目。

「Hear Me Now」に収録させてもらった「45’s〜」の最後に登場するバンド演奏が

この時のデモの音源です。

 

ラギーズは僕がライブを初めて観てから、わりとすぐに自然消滅の様な

状態(すみません、詳しくは分かってないです)になってしまったので、

生で「45’s〜」は聴けなくなってしました。

そこで友達になったのをいいことに、健一、秀樹と僕の友達のドラマーを誘って、

渋谷のリハスタで「45’s〜」を演る機会を作りました。

「45’s〜」の他にも3〜4曲くらい演ったと思います。

それから音楽活動を共にしますが、「45’s〜」を一緒に演奏したのは

これが最後でした。

 

僕が健一の曲に初めてベースラインを考えたのは「45’s〜」です。

その後、バンド、ソロと長きに渡り健一曲のベースを弾きますが、

正直自分でも何を弾いたか忘れてる曲も多いです。

今回「Hear Me Now」の企画を事務所の江口さんから聞き、僕も

参加させていただくことになって何を演ろうかと考えた時に、

自然と「45’s〜」を思い出しました。

そして何となく弾いてみるかと弾きだしたところ、最後までちゃんと

覚えてました。

約30年も昔に考えたベースラインでしたが、身体が完全に覚えてましたね。

 

「45’s〜」は僕にとってそんな曲です。

この曲を聴けばいつでもあの時の吉祥寺のライブハウスや、渋谷のリハスタに

戻れるのです。当時、健一は20歳でした。まだエルアールは存在していない時の

話です。

 

「45’s〜」はAメロ、Bメロ、サビの構成でしたが、サビだけが英語でした。

ある時、これは何て歌ってるのか聞いたところ、ラブソングのシングル盤の

タイトルだよと教えてくれました。

レコードコレクターらしい素晴らしいセンスだと今でも思います。

スタッフの方が、サビ部分に登場するレコードジャケットをこのコメントと

一緒に載せてくれるそうです。

是非、サビの歌を聴きながら見てみてください。

 

資料提供 this boy 菅田泰治

 

 

| - | 2018.08.13 Monday |
LP発売!

発売のお知らせから1週間。

早速沢山のご注文を頂きありがとうございます。

クロサワのレコード愛については、皆様ご存知の通りでございます。

 

ここで懐かしいアーカイブス写真を1枚。

L⇔Rファンクラブ会報誌vol.10より

「ツアー中の神戸で激レア盤をGET!あまりの嬉しさに張り倒れてしまう健一」

 

今までL⇔R時代の各アルバム、ファーストソロアルバムのLP盤が発売されております。

盤をカラーにしたり、本人解説のライナーを入れたり…etc。

クロサワ、ジャケットの紙質にも意見していたようです。

このメモの写真は、当時担当ディレクターF氏のレコーディングノート記録です。
F氏がクロサワとアナログ盤カッティング(レコードの溝に音を刻む作業)に立ち会った時のことを振り返り、コメントを下さいました。

"アナログカットの溝を見せてもらって、興奮していた健一を思い出しました。
顕微鏡みたいなレンズを覗くとラッカー盤の上に波打つようにうねった溝が見えました。
僕ももちろん初めて見たのですが、こんな風になっているのかとビックリしました。
内容まではわかりませんが健一がカッティング担当の方に色々質問してましたね。
その部屋には初めて見るような機材がたくさんありました。
その姿を思い出すと健一は、ほんとうにレコードを愛していたんだなと思います。

常に理想のレコードを作ろうと頑張っていました。"

 

 

「Hear Me Now 」カッティングも無事に終了しました!

 

タイトル:HEAR ME NOW

品番:24FL-0230

販売金額:6000円(税別)*送料も別途必要

商品形態:2枚組アナログ30cmレコード・ダブルジャケット仕様 33 1/3回転

*枚数限定発売・予定枚数終了で販売終了となります。

kuroken68 shops

 

| - | 2018.07.18 Wednesday |
黒沢健一アーカイブス4

 

98年のロンドンレコーディング以来プライベートでも親しくしていたJonathan J key氏よりメールを頂きました。
「What is this song?」のトレーラー写真に登場するこの方です。

クロサワとプライベートで
Paul McCartneyロンドン公演を観に行った時のエピソードを紹介して下さいました。

 

 

Only one “White Album“in the world

 

Coincidentally, I was thinking of Kenichi yesterday... recalling the Paul McCartney concert and when I spotted Peter Blake in the street and Kenichi got him to sign The Beatles White Album CD he had just bought.

We joked that it was the 'wrong album' (Peter Blake designed Sgt. Pepper's) but it was still a magical moment.

Kenichi said 
This is “only one White Album“in the world !!!

 

 

 


“HEAR ME NOW “

3track is fine !!
And
16track is... requiem for him.

 

 

Jonathan J key

 

| - | 2018.05.09 Wednesday |
HEAR ME NOW
LIVETIME BEST “BEST VALUE
LIFETIME BEST “BEST VALUE
黒沢健一 Banding Together in Dreams
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