kenichi kurosawa : 黒沢健一オフィシャルサイト


黒沢健一アーカイブス4

 

98年のロンドンレコーディング以来プライベートでも親しくしていたJonathan J key氏よりメールを頂きました。
「What is this song?」のトレーラー写真に登場するこの方です。

クロサワとプライベートで
Paul McCartneyロンドン公演を観に行った時のエピソードを紹介して下さいました。

 

 

Only one “White Album“in the world

 

Coincidentally, I was thinking of Kenichi yesterday... recalling the Paul McCartney concert and when I spotted Peter Blake in the street and Kenichi got him to sign The Beatles White Album CD he had just bought.

We joked that it was the 'wrong album' (Peter Blake designed Sgt. Pepper's) but it was still a magical moment.

Kenichi said 
This is “only one White Album“in the world !!!

 

 

 


“HEAR ME NOW “

3track is fine !!
And
16track is... requiem for him.

 

 

Jonathan J key

 

| - | 2018.05.09 Wednesday |
黒沢健一アーカイブス3 plus

前回のfeatureに登場したスタッフさんより追記いただきました!

 

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諸用でロンドンにおります。

せっかくの機会なので、98年ロンドンレコーディングのコーディネーションやコーラスワークでも参加して下さった、

AKI OMORIさんと共にレコーディングをしたEDEN STUDIOを訪ねてみることにしました。


ここでアーカイブス写真を1枚。
アルバム「first」の7曲目Morning sunのコーラス入れの模様。
真剣な表情のクロサワとAKI OMORIさん。
ちなみに、彼女はアルバム「B」のスリーコードと

Science Ministryのアルバム「猿の記憶」speed of lifeのコーラスにも参加されています。

 

EDEN STUDIOはすでに閉鎖されていて、売却されたそうです。改装工事中でした。

 

合宿所だったARGYLE HOUSEは変わらずにありました。

 

ロンドンの住宅は築100年なんて普通なので、ビジネスで使っていた建物を

住宅仕様に改装するのはよくあることなのだそうです。
クロサワは建築物、特に煉瓦造りや石畳にも興味津々で、

2008年2月10日のfeatureに「自由研究」と題してその想いを語っています。
皆さま、今一度読み返してみてはいかがでしょうか?

 

もうひとつ。
2010年5月7日のfeature「UK旅行記その1」より。
“イギリスは袋に入ったサラダ用の葉っぱ(と言うのかな?)の種類が豊富なので、

その中から適当な袋を2.3種類とサラダ・クリームとポテト・チップスを購入。
部屋に戻って、それを全部袋の中で良く混ぜ合わせると僕的には立派なディナーになります。あとビールね。”

この通りに材料を準備して、作ってみました。

 

「クロケンサラダ」?

 

 

サラダクリームはイギリスの定番ソースらしく、マヨネーズよりも甘酸っぱい濃厚な味です。
確かに、立派なディナーになりました。

kk staff

 

 

| - | 2018.04.13 Friday |
黒沢健一アーカイブス3

昔好きだった音楽を聴くと、懐かしさとともに、あの頃の自分に逢えるような嬉しさや切なさが甦ってきます。
時を経た今聴き直すと、新たな気持ちも感じられるのではないかと思います。

そんな聴き直す事へのきっかけになるよう、黒沢健一の長い歴史の中で近い所にいたスタッフの人たちの記憶を皆で共有できたらどんなに楽しいことだろうと。

黒沢健一アーカイブスと題し、先にアメリカ旅行記としてアップしていたものもタイトルを変更してシリーズ化したいと思います。

不定期ですし、いつ更新するかわかりませんが、長くお付き合い頂ければと思います。

 

今回はソロ最初のロンドンレコーディング。

「What is this song?」の短いMVで使った写真はご覧になりましたか?

会社がらみの事情があるのでお名前は出しませんが、あの場にいたスタッフの方から。

お楽しみください。

 

 

 

20年前、皆さんは何をされていましたか?

98年2月、クロサワはアルバム「first」のレコーディングのためロンドンに滞在していました。


一意専心で制作をして、表現してきた黒沢健一の作品が、
長く長く、
皆さんに寄り添い続けますように。

 

 

⑴ロンドン郊外にあるEDEN STUDIO。

 

⑵スタジオの向かい側にあるフラットARGYLE HOUSE。
滞在中の合宿所です。

 

⑶スタジオ初日、近くのカフェで朝食。
エンジニアのJon Jacobs氏と早くも音楽談義で盛り上がっています。

朝食は、カリカリに焼いた薄いトーストに目玉焼き、ベイクドビーンズ(名前はベイクドですが豆のトマト煮込み)、イギリスの定番メニューです。

 

⑷JJ氏は、The Beatles、Paul Maccartnyのエンジニアとしてとても有名な方です。クロサワのフェイバリットアルバム「FLAMING PIE」のスタッフGジャンを着て来てくれました。

 

⑸お借りして記念撮影。

 

⑹「Wondering」の間奏前、
〜迷い始めてる 君が見えるよ♬〜の繊細なビブラートは、この扇風機の前で歌いました。
JJ氏のアイデアです。

 

⑺歌い終わって、、
「スゴいね、これ!…でも、口が渇く(笑)」

 

⑻クロサワが現地調達した喉のシロップ。
JJ氏は、時々ELTON JOHNの口調を真似て場を和ませてくれます。

「ELTONみたいに歌えるよ」と、いつの間にか落書きもされていました(笑)

 

⑼去年リリースされたDVD「TOUR without electricity 2009 ~ at The Globe Tokyo」
のMCで語られたエピソード。
「What is this song called?」と毎日クロサワに聞き続けたAdrian。写真からも彼の真面目さが伝わってきます。

 

⑽スタジオには飲み物以外に、スナックやフルーツが置いてあります。

Apple Recordsのマーク、グラニースミスもありました。酸味があって、さっぱりした味です。
左:クロサワが持参したThe Beatles anthology
右:黒沢健一デモのDAT

 

「first」「Wondering」

 

番外編
作業がひと段落して、一同リバプールへ。
マージー河のアルバートドックはとても美しかったです。
クロサワ、
「頭の中でずっと''Ferry Cross the Mersey''」が流れてる」と言っていました。


by  KK staff

 

 

| - | 2018.03.01 Thursday |
黒沢健一 未来のアルバム

皆さん、遂に黒沢健一ニューアルバムが発売になりました。これから聞く方、買おうかどうしようか迷っている方、買わない方、、、人それぞれだと思います。
今回のアルバム制作の言い出しっぺであり、プロデューサーであり、ディレクターも、デザイナーもやらしてもらった僕が、実は一番望んでいた夢の日が来ました。売れるかどうかなんて二の次で、聞きたいと思ってくれる人はそんなに多くないかも知れないけど、みんな手伝ってくれませんか?と頼んで約一年。

 

一番手っ取り早い追悼盤はベスト盤。でもそんなのいらない。次に考えられるのはデモテープ集。これは有る物をCDに焼くだけだからお金かからず売れなくても損はない。でもそんなの出して健一くんが喜ぶはずもない。ましてや「やめてくれ〜」と出てきそう。一番手間も時間もお金もかかるけど、残された音源を元にそれを完成させちゃうのが、健一くんも一緒になって楽しんでくれると思ったのです。そして健一くんが寝る枕元で秀樹くんやそこにいた皆さんに「こんなアルバム作りたいんだよね」と話をし、その後献花の会で集まってくれたミュージシャンの人たちやエンジニアの人たちと「こんな事考えてるんだ・・・」と立ち話で相談。それからは次から次へと出てくるデモテープを聴いて選曲の日々。現実問題として曲数が増えれば増えるほど経費は増すわけで、、、でも曲数は減るどころか増える一方。途中でもう経費のことはきっぱり割り切ってCD1枚に収まるだけ収めようと思い直しました。1曲4分計算で75分で18曲。長い曲もあるのは分かっているので、16曲に決定後、もしもの長すぎてカットする必要が出たときのためにデモのままの1曲も入れました。結局、全曲レコーディングが終わりトータルしてみると、1時間なかった。。。(笑)さすが健一くん。他人がアレンジしてもやっぱり短い。。。

 

レコーディング中も健一くんはスタジオに来ていたと思います。一番最初のレコーディングは「KACTUS」だったのですが、できたての新しいスタジオで録る事になっていましたが、直前になって、以前Looking For The PlacesとBootsを録ったスタジオがキャンペーン期間で安く使えることがわかり急遽スタジオ変更、この時は僕たちの意思でスタジオを変えたと思っていました。次にBEST VALUEのツアーバンドで同じ新しいスタジオに入る前の晩、スタジオからエアコンが壊れたと連絡が。「は?そんな話聞いたことないけど??」できたてのスタジオなのに。仕方がないので、そのスタジオに別のスタジオを探してもらいました。元々どういうわけかその日はどこもスタジオが空いておらず、僕らも困っていたところでこの新しいスタジオがやっとの事で取れたので、スタジオ探しは半分諦めていたのですが、そのスタジオさんが見つけてきたのが、サウンドインスタジオだったのです。L⇔R時代にメインで使っていたスタジオです。もうこうなると、偶然ではなく何かの意思・意図を感じざるおえません。結局その後もその新しいスタジオへは行くことが無くレコーディングは終わりました。不思議なことって本当にあるのです。

 

2015年の春先、BEST VALUEのツアーが終わった後、ゆっくりとしたペースではありましたが、健一くんは次のアルバムの制作の準備を始めていました。パートナーは茂村泰彦氏。実は健一くんと茂村さんの自宅が割と近所なのもあって、週に何日もお互いの家に行っては一緒にアレンジの話をしていました。その頃茂村さんには次のアルバム用の23曲入りのデモテープが手渡され、アレンジの依頼がされていました。そう、次のアルバムは茂村さんの元で作られる予定だったのです。
10月には茂村さんのバンド「KACTUS」と共演する機会もあり、リハーサルから健一くんの自宅に車で送っていく際「このバンドでレコーディングに入れるなんて夢のよう」と目を輝かせていた健一くんが忘れられません。そのリハーサルの際に脳腫瘍が発覚してしまったのも現実ですが。。。
今まで岡井大二さんを始め、遠山さんにしろ、ずっと年上のベテランミュージシャンとともレコーディングもライブを何十年とやってきた中で、茂村さんは身近な兄貴的な存在になったように見えました。実際の年齢のことは置いておいてですが(茂サン失礼、、)、、、茂村さんを紹介した僕的にもこんなに仲良くなるとは思ってもみませんでした。紹介したときに既にここまで計算してたんでしょ?って健一くんに聞かれたことがありましたが、まさかまさかここまでは。それくらい健一くんの茂村さんリスペクトは相当でしたが、茂村さんの健一くんリスペクトも負けず劣らずで、いろんなところで茂村さんが健一くんのことを天才・音楽界の宝と呼んでいるのを聞きました。茂村さんもアーティストなので詩曲共に作ります。おそらく共作の曲もそう遠くない将来には出来ていたと思います。今回収録の「Dream Of Life」のように。。。

 

そう、健一くんの前には広大なワイドオープンな世界が広がっていました。さわやかな風が吹き抜ける地平線の彼方まで360°何も無い大平原です。でもまさにそこに踏み出そうとしている時に逝ってしまったのです。春になったらこのアルバムをあのコロラドの景色のなかで聞きに行ってきたいと思います。インディアンの家族にも渡してこないと。

 

 

 


HEAR ME NOW 楽曲データ

 

M1 「I Need You Loving」
2007年頃に作られた曲
1番しか歌詞が無く、また歌も1番しか歌っていなかった物に実弟の黒沢秀樹氏が2番の歌詞を作り、2番の歌唱をして、サビでは二人でハモり、兄弟デュエットが実現した曲。

 

M2「Baby You Are Mine」
2011.9.4に歌詞が完成。
どっぷりエコーはデモを録音の際にかけられたものなのでそのまま。ギターソロは健一くんが弾いているものを採用。

 

M3「Hear Me Now」
1999〜2000年(firstとBの間の頃)に制作され、「遠くまで」や「All I want is you」と並んで重要視していた曲と思われる。
2007年頃(focusに向けて?)の楽曲候補リストにも入っていた。

 

M4「A Song For Christmas」
これも2007年頃(focusに向けて?)の楽曲候補リストに入っていた曲。

 

M5「Dream Of Life」
これは2006年に作られた曲。この頃は自分用・提供用問わず、かなり沢山の楽曲を制作していました。この曲はミックス済みのデモテープしか残っておらず、詩はなくラララの状態だったの物に茂村泰彦氏が詩を書き、歌唱した物です。茂村さんの健一くんへの思いが伝わります。。。オーバーチュアのストリングスパートは遠山さんのアレンジ。こんなコラボが出来て、健一くん喜んでいるだろうな。

 

M6「Looking Like My Player」
仮タイトル「PLAYER」
MOTORWORKS用に作られた曲。この曲もミックス済みのデモテープしか残っておらず、石田ショーキチ氏のボーカルで蘇りました。

 

M7「Fontana」
1950年代アメリカのFONTANAレーベルみたいな曲と言うのがテーマだったそうで、仮タイトルのFontanaがそのままタイトルに。歌詞にはFontanaは出てこない。元はロサンゼルス郊外の地名。

 

M8「Reason For Your Smile」
2002年頃につくられたが、そのまま放置。アルバム「Banding Together in Dreams」の楽曲候補になるが、またまた放置。おそらく次のアルバムには入ったと思われる曲。

 

M9「Winds Blow」
仮タイトル「ワインのバカ」
2008年頃の曲。健一くんのデモの中でもかなり作り込んである音源。よってデモのまま収録しました。

 

M10「Please My Baby Tonight」
仮タイトル「夕暮れハミング」
MOTORWORKS用に作られた曲で、不採用後に「Banding Together in Dreams」の楽曲候補になるが入らず、シングル「Looking For The Places」の際の楽曲候補になるもまたまたはずれ、次のアルバム候補として茂村泰彦氏に託された内の1曲。元々MOTORWORKS用だったこともあり、茂村さんからショーキチさんに戻されました。

 

M11「Don’t Let It Bring You Down」
アルバム「Focus」の候補曲の1つ、アコギ1本で歌うデモテープを元にアレンジされました。ブライアンのコーラスが映える曲になりました。

 

M12「Shake It Back!」
Dream of Lifeと同時期に制作された曲。これもミックス済みのデモテープしかなったので、徳山くんが参加することに。徳山くんと茂村氏の出会いは健一くんの病室。病室でもスタジオでも彼がいるとホント賑やかでした。

 

M13「Rainin’ In My Heart」
この曲はL⇔Rとしてデビューする前からあった曲で、様々なアレンジを試された結果、どれも納得いかずお蔵入りになっていた曲。生前、次回アルバム用楽曲候補の1つとして茂村氏に託され、今こうして遂に世に出ることが出来た曲。当時この曲に関わっていた黒沢秀樹氏は、出来上がったこの曲を聴いて開口一番「わ!アメリカだ!」「こりゃ茂さんにしか出来ないアレンジだ!」と言って聞き入ってました(笑)

 

M14「Good Night」
2011.9.4歌詞完成、2011.9.10歌入れ
左チャンネルは黒沢アコギと黒沢歌のみ
右チャンネルは菊池アコギと黒沢歌
左右の歌は別テイクですので、実は全く別物を左右一緒に再生している事になります。黒沢健一のみのデモテープを聴きたければ左だけのモノラルで楽しみ、菊池氏ギターで安定した演奏で聞きたければ右のチャンネルだけをモノラルでお楽しみください。両方一辺に聞くと、なんと贅沢な世界が広がることか(笑)
これはL⇔R時代からのお付き合いのエンジニアの山内(やまのうち)さんのアイディアです。

 

M15「45’s Love Song」
フォーティー・ファイブズ・ラブ・ソングと読みます。
曲は高校生の時に書いたもので、販売?ばら撒き?用の88年に制作したデモを後半に採用。サビの歌詞はシングル盤(45回転)のタイトルの羅列で、10代から音楽(レコード)への愛でいっぱいの黒沢健一としか言いようのない曲をL⇔Rの木下裕晴氏がウクレレ等で前半インストに仕上げた。

 

M16「19 Aug. 1987」
イギリス表記です。ナインティーン・オーガスト・ナインティーンエイティセブンと読むのですが、ここだけの話・・・面倒なので、8月19日(ハチガツジュウクニチ)でいいです。。
岡井大二氏に渡っていたメロディ製作用デモの120分テープ内に完成した状態で収録されていた曲。そのテープの日付が「1987年8月19日」
(ちなみにそのデモテープにRainin’ In My Heartの初期ver.も入ってました。)
そのカセットテープ音源のまま上からダビングを施した作りになっています。岡井さんからは、このレコーディングはカセットテープ特有のヒスノイズとの戦いだったと聞きました。

 

歌詞のみブックレット最後に収録「この場所から」
2011年頃の作品。歌詞の断片や言葉のピース(単語)のみを書き残したノートの中に唯一完成した状態で残されていた詩。今回のアルバムでもわかるように、健一くんは曲先行で最初はほぼ英詩。それから日本語詩を後からはめていくのが基本的な作り方でした。なので、歌詞だけのこの詩はとても貴重なものと言えます。
 

 

 

 

| - | 2017.12.09 Saturday |
CD詳細発表!

皆さん、やっとニューアルバムの詳細を発表できました。お待たせしました。

今週マスタリングをして、遂に工場に納品です。

FMなどの放送局用のCDはマスタリング終わったら社内の機械で大コピー大会です(笑)

放送局にCDが届き次第ON AIR解禁なので12月の発売前に運が良ければ電波に乗るかも知れません。

皆さんも地元の放送局にリクエストしてみてください。

今回も前回のBEST VALUE、Looking For The Place同様、ジャケットのデザインは僕がやりました。

実は2015年に黒沢くんと一緒にアメリカに行ったのは、次のアルバムのジャケット撮影を兼ねていたのです。

いつもジャケ写を撮影する際、スタジオやロケーションサービスを使ったり、もちろんカメラマン同行し、ヘアメイク、スタイリストも同行しています。が、このときはその経費全部を黒沢くんと僕の旅費に使ってアメリカ行こうということにしたのです。

その代わり、カメラマンは僕で、メイクスタイリストは黒沢くん自分でね、と。

2016年末に黒沢くんが亡くなって、新しいアルバムを作る予定が無くなってしまったので、その時の写真をHPやプレス用に何点か使いました。献花の会でも使いました。

なので、今回アルバムジャケットを作るにあたり、写真そして構成をどうするか考えに考えた結果、初心に戻りアメリカでの写真で構成することにしました。

映画のセットのような街の中で撮った写真は唯一無二です。ジャケ写も良い感じでしょ?

ちなみに裏ジャケは旅に同行していた照明の原さんが撮った写真です。お楽しみに!

グローブ座のDVDを見てもらえば分かるように原さんは光のアーティストですので、写真の構図も素晴らしい。

 

当時撮った写真は、特にニューメキシコ州のサンタフェ辺り以降コロラド州にかけてのものが多く、よく冗談で次のアルバムは「サンタフェ」ってタイトルで写真集メインでCDおまけとか良いかも(笑)で、黒沢くんはヌードでね(笑)なんて話をしてたっけ(笑)

一定の年齢層以上の人にしかわからない冗談です。スイマセン。。。。

黒沢くん、当初の予定通りジャケットにアメリカ写真使ったよ!ちゃんとCDだよ(笑)

 

さて、まじめな話、皆さんにお知らせなのですが、実は前回のDVD含めAmazonからの発売が出来なくなりました。Amazonが僕らのような小口のインディーズレーベルからの受注を停止してしまったのが原因です。よって、製品版はオフィシャルショップでの販売のみとなってしまいました。なので、オフィシャルショップの利便性を強化することにし、カード決済が出来る様にしました。もちろん代引きも郵便振替も今まで通りできます。

ファンの皆さんが購入をためらうこと無く、簡単に申し込んで頂けるように今後も改善していこうと思っていますので、何卒よろしくお願いします。

iTunes等の配信も行われますので、そちらをご利用の方もご安心ください。

 

 

| - | 2017.11.06 Monday |
HEAR ME NOW
LIVETIME BEST “BEST VALUE
LIFETIME BEST “BEST VALUE
黒沢健一 Banding Together in Dreams
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