kenichi kurosawa : 黒沢健一オフィシャルサイト


健一君へ

健一君  、、

さてさて 今 君は何をしてるんだか

、、  

家の床が抜けるのではないか、と心配する量のレコード・コレクションの中から、the Dave Clark 5 の分を僕に譲ってくれるって?

いやいや、受け取らないよ〜 

随分と年上の僕の方が そろそろ君に こちらのDC5コレクトを全て渡そうとしてるんだから。

 

思えば まだ 17才の君が、僕の家の

アナログ盤を見て目がギンギラに

なった日が、忘れようにも忘れられない日だな。我が家には床抜けの心配をするほどの数は無かったけど、次から次に聴きまくって

朝まで大笑いして語りあったね。

間違いなく、あの日から君は僕を信用してくれて、僕は久しぶりに新しい音楽仲間と出会った気分にさせて貰った。その後の色々の、事始めの日だったよね。

             ・ ・ ・ ・ ・ 

健一 17才が 渋谷の小さなスペースに現れた時は、学ランズボンに白シャツ インの出で立ちだった。その日の学業終了後 即 こちらへ向かう事にさせたから、なのは 分かっています。申し訳ない。

そこからが また笑う。履歴と特技について、なんて俗な質問とやり取りの最中、スプーンを曲げてくれました。

ちゃんと保存して有ります。

                ・ ・ ・ ・ ・ 

唯一無二の歌声の持ち主で、タマラナイ気持ちにさせてくれる メロディーの宝庫である健一とは、その後の どんな作業にも夢が有りました。

根底で息が合っていたのは、音楽に対しては 作品至上主義で進めたい! という ピュアで青臭い理想の持ち方だったと思います。

” しかし、ナンだぞ、事情とか 人間関係に不器用な我々が  さらに不器用に進める事になるから、これは結構 ウザイ動きになるぜ。ヘタすると嫌われるぞ  ”   というような会話の記憶も有ります。

彼との音楽四方山話しで 度々 、

人が神格化されたり伝説になる事よりも、何かしかの礎になる音楽が積み重なって、それで ヒストリカルな作品が生まれ続けちゃうって事が、素晴らしくて タマラナイ よね、なんて話してました。  

黒沢健一 って、音楽だけにはギンギラしていて、キャラの殆どは アンニュイな ソフトな不良、というのが 僕の彼に対する当初の人物像です。

そんな少年が 何気なく口に出す想い、饒舌に熱弁してくれる事 色々が、オジサン年齢にさしかかってる自分には とても刺激的でした。

唯一無二の存在が、唯一無二の経験を運んでくれた、、そういう存在です。

 

L- R については、その事初めから 終息まで、様々なスタンスで携わらせて貰えました。

作業状況・変遷 etc 細かく記憶に残っています。

短くも、山あり谷ありの日々でしたが、概ね 制作現場のスタジオ内は笑い声の連続で進めさせて貰えたと思っています。

こうして話させて頂いてる この場は 黒沢健一 の場なので、

彼と一緒 または 囲むかたちで様々な才能を持ち寄って力を発揮された方々について、自分なりの知っている限りの詳細報告が ままならないのが、少し残念ですが、、。

        ・ ・ ・ ・ ・ 

時が過ぎて、いつの間にか 僕の悩みを健一が聞いてくれる機会も増えました。

彼の答えは いつも、宇宙 と 縁側の陽当たり と 大人の社会が ヒトカラげに纏まったものでした。。。

 サンキュー 。。。 

 

一個人音楽ファンの僕の気持ちとしては、こちらの相談にのってくれるようになった大人な彼が作る曲よりも、溢れ出てくるけど どうして良いのか分からん状態の少年時代の曲が好きかな、、

いずれにしても、音楽文化人 

黒沢健一  まだまだ頑張れ、と

言いたい。

 

Hear Me Now  に参加させて頂いて、心から感謝しております。

ありがとうございます。

そして、おめでとうございます。

 ” 19 August 1987 ” は、本当に久しぶりに彼の表情だけ見て隠やかに作業してみました。

          ・ ・ ・ ・ ・ 

健一君、

これってエラく久しぶり、じゃね? 

この感じ良くね?

やっぱ、コレつけた方がオモロくね? 

で、こうなると好きくね?      

、、だよね、そうしようぜ  

 


D.O kai

 

| - | 2018.12.05 Wednesday |
45's love song

HEAR ME NOW LP発売記念!!

木下裕晴さんよりコメントいただきました。ありがとうございます!

レコード残りわずかとなって参りましたので、

悩んでる方は後悔しないようお早めにお手元に置いてやってください。

 

 

 

 

皆さんにもその当時の空気や景色を思い出させてくれるという曲が

あるのではないかと思います。

以前もこのfeatureでスタッフの方も言ってましたね。

黒澤健一の「45’s Love Song」は僕にとってまさにそういう曲です。

 

当時、アルバイト先の友人に誘われて、初めてラギーズ(黒澤兄弟がやってたバンドです)を

吉祥寺のライブハウスに観に行きました。

本編の最後と、アンコールで「45’s〜」を演ってました。

何故2回演ったのか。確かドラマーがサポートの方だった為、アンコール用の

曲まで用意出来てなかったのが理由だったと思います。

 

ライブが終わって挨拶しました。そして僕がその日の昼間に出席した大学の教科書の

白紙部分に連絡先を書いて、健一と交換しました。

当時はスマホどころかガラケーもない時代。

 

その後、友達付き合いが始まるのですが、ある時「45’s〜」の収録された

デモ集をもらいました。TDKのグレーのカセットテープに10曲くらい入っていたと

思います。「45’s〜」は確か2曲目。

「Hear Me Now」に収録させてもらった「45’s〜」の最後に登場するバンド演奏が

この時のデモの音源です。

 

ラギーズは僕がライブを初めて観てから、わりとすぐに自然消滅の様な

状態(すみません、詳しくは分かってないです)になってしまったので、

生で「45’s〜」は聴けなくなってしました。

そこで友達になったのをいいことに、健一、秀樹と僕の友達のドラマーを誘って、

渋谷のリハスタで「45’s〜」を演る機会を作りました。

「45’s〜」の他にも3〜4曲くらい演ったと思います。

それから音楽活動を共にしますが、「45’s〜」を一緒に演奏したのは

これが最後でした。

 

僕が健一の曲に初めてベースラインを考えたのは「45’s〜」です。

その後、バンド、ソロと長きに渡り健一曲のベースを弾きますが、

正直自分でも何を弾いたか忘れてる曲も多いです。

今回「Hear Me Now」の企画を事務所の江口さんから聞き、僕も

参加させていただくことになって何を演ろうかと考えた時に、

自然と「45’s〜」を思い出しました。

そして何となく弾いてみるかと弾きだしたところ、最後までちゃんと

覚えてました。

約30年も昔に考えたベースラインでしたが、身体が完全に覚えてましたね。

 

「45’s〜」は僕にとってそんな曲です。

この曲を聴けばいつでもあの時の吉祥寺のライブハウスや、渋谷のリハスタに

戻れるのです。当時、健一は20歳でした。まだエルアールは存在していない時の

話です。

 

「45’s〜」はAメロ、Bメロ、サビの構成でしたが、サビだけが英語でした。

ある時、これは何て歌ってるのか聞いたところ、ラブソングのシングル盤の

タイトルだよと教えてくれました。

レコードコレクターらしい素晴らしいセンスだと今でも思います。

スタッフの方が、サビ部分に登場するレコードジャケットをこのコメントと

一緒に載せてくれるそうです。

是非、サビの歌を聴きながら見てみてください。

 

資料提供 this boy 菅田泰治

 

 

| - | 2018.08.13 Monday |
LP発売!

発売のお知らせから1週間。

早速沢山のご注文を頂きありがとうございます。

クロサワのレコード愛については、皆様ご存知の通りでございます。

 

ここで懐かしいアーカイブス写真を1枚。

L⇔Rファンクラブ会報誌vol.10より

「ツアー中の神戸で激レア盤をGET!あまりの嬉しさに張り倒れてしまう健一」

 

今までL⇔R時代の各アルバム、ファーストソロアルバムのLP盤が発売されております。

盤をカラーにしたり、本人解説のライナーを入れたり…etc。

クロサワ、ジャケットの紙質にも意見していたようです。

このメモの写真は、当時担当ディレクターF氏のレコーディングノート記録です。
F氏がクロサワとアナログ盤カッティング(レコードの溝に音を刻む作業)に立ち会った時のことを振り返り、コメントを下さいました。

"アナログカットの溝を見せてもらって、興奮していた健一を思い出しました。
顕微鏡みたいなレンズを覗くとラッカー盤の上に波打つようにうねった溝が見えました。
僕ももちろん初めて見たのですが、こんな風になっているのかとビックリしました。
内容まではわかりませんが健一がカッティング担当の方に色々質問してましたね。
その部屋には初めて見るような機材がたくさんありました。
その姿を思い出すと健一は、ほんとうにレコードを愛していたんだなと思います。

常に理想のレコードを作ろうと頑張っていました。"

 

 

「Hear Me Now 」カッティングも無事に終了しました!

 

タイトル:HEAR ME NOW

品番:24FL-0230

販売金額:6000円(税別)*送料も別途必要

商品形態:2枚組アナログ30cmレコード・ダブルジャケット仕様 33 1/3回転

*枚数限定発売・予定枚数終了で販売終了となります。

kuroken68 shops

 

| - | 2018.07.18 Wednesday |
黒沢健一アーカイブス4

 

98年のロンドンレコーディング以来プライベートでも親しくしていたJonathan J key氏よりメールを頂きました。
「What is this song?」のトレーラー写真に登場するこの方です。

クロサワとプライベートで
Paul McCartneyロンドン公演を観に行った時のエピソードを紹介して下さいました。

 

 

Only one “White Album“in the world

 

Coincidentally, I was thinking of Kenichi yesterday... recalling the Paul McCartney concert and when I spotted Peter Blake in the street and Kenichi got him to sign The Beatles White Album CD he had just bought.

We joked that it was the 'wrong album' (Peter Blake designed Sgt. Pepper's) but it was still a magical moment.

Kenichi said 
This is “only one White Album“in the world !!!

 

 

 


“HEAR ME NOW “

3track is fine !!
And
16track is... requiem for him.

 

 

Jonathan J key

 

| - | 2018.05.09 Wednesday |
黒沢健一アーカイブス3 plus

前回のfeatureに登場したスタッフさんより追記いただきました!

 

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諸用でロンドンにおります。

せっかくの機会なので、98年ロンドンレコーディングのコーディネーションやコーラスワークでも参加して下さった、

AKI OMORIさんと共にレコーディングをしたEDEN STUDIOを訪ねてみることにしました。


ここでアーカイブス写真を1枚。
アルバム「first」の7曲目Morning sunのコーラス入れの模様。
真剣な表情のクロサワとAKI OMORIさん。
ちなみに、彼女はアルバム「B」のスリーコードと

Science Ministryのアルバム「猿の記憶」speed of lifeのコーラスにも参加されています。

 

EDEN STUDIOはすでに閉鎖されていて、売却されたそうです。改装工事中でした。

 

合宿所だったARGYLE HOUSEは変わらずにありました。

 

ロンドンの住宅は築100年なんて普通なので、ビジネスで使っていた建物を

住宅仕様に改装するのはよくあることなのだそうです。
クロサワは建築物、特に煉瓦造りや石畳にも興味津々で、

2008年2月10日のfeatureに「自由研究」と題してその想いを語っています。
皆さま、今一度読み返してみてはいかがでしょうか?

 

もうひとつ。
2010年5月7日のfeature「UK旅行記その1」より。
“イギリスは袋に入ったサラダ用の葉っぱ(と言うのかな?)の種類が豊富なので、

その中から適当な袋を2.3種類とサラダ・クリームとポテト・チップスを購入。
部屋に戻って、それを全部袋の中で良く混ぜ合わせると僕的には立派なディナーになります。あとビールね。”

この通りに材料を準備して、作ってみました。

 

「クロケンサラダ」?

 

 

サラダクリームはイギリスの定番ソースらしく、マヨネーズよりも甘酸っぱい濃厚な味です。
確かに、立派なディナーになりました。

kk staff

 

 

| - | 2018.04.13 Friday |
HEAR ME NOW
LIVETIME BEST “BEST VALUE
LIFETIME BEST “BEST VALUE
黒沢健一 Banding Together in Dreams
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