kenichi kurosawa : 黒沢健一オフィシャルサイト


45's love song

HEAR ME NOW LP発売記念!!

木下裕晴さんよりコメントいただきました。ありがとうございます!

レコード残りわずかとなって参りましたので、

悩んでる方は後悔しないようお早めにお手元に置いてやってください。

 

 

 

 

皆さんにもその当時の空気や景色を思い出させてくれるという曲が

あるのではないかと思います。

以前もこのfeatureでスタッフの方も言ってましたね。

黒澤健一の「45’s Love Song」は僕にとってまさにそういう曲です。

 

当時、アルバイト先の友人に誘われて、初めてラギーズ(黒澤兄弟がやってたバンドです)を

吉祥寺のライブハウスに観に行きました。

本編の最後と、アンコールで「45’s〜」を演ってました。

何故2回演ったのか。確かドラマーがサポートの方だった為、アンコール用の

曲まで用意出来てなかったのが理由だったと思います。

 

ライブが終わって挨拶しました。そして僕がその日の昼間に出席した大学の教科書の

白紙部分に連絡先を書いて、健一と交換しました。

当時はスマホどころかガラケーもない時代。

 

その後、友達付き合いが始まるのですが、ある時「45’s〜」の収録された

デモ集をもらいました。TDKのグレーのカセットテープに10曲くらい入っていたと

思います。「45’s〜」は確か2曲目。

「Hear Me Now」に収録させてもらった「45’s〜」の最後に登場するバンド演奏が

この時のデモの音源です。

 

ラギーズは僕がライブを初めて観てから、わりとすぐに自然消滅の様な

状態(すみません、詳しくは分かってないです)になってしまったので、

生で「45’s〜」は聴けなくなってしました。

そこで友達になったのをいいことに、健一、秀樹と僕の友達のドラマーを誘って、

渋谷のリハスタで「45’s〜」を演る機会を作りました。

「45’s〜」の他にも3〜4曲くらい演ったと思います。

それから音楽活動を共にしますが、「45’s〜」を一緒に演奏したのは

これが最後でした。

 

僕が健一の曲に初めてベースラインを考えたのは「45’s〜」です。

その後、バンド、ソロと長きに渡り健一曲のベースを弾きますが、

正直自分でも何を弾いたか忘れてる曲も多いです。

今回「Hear Me Now」の企画を事務所の江口さんから聞き、僕も

参加させていただくことになって何を演ろうかと考えた時に、

自然と「45’s〜」を思い出しました。

そして何となく弾いてみるかと弾きだしたところ、最後までちゃんと

覚えてました。

約30年も昔に考えたベースラインでしたが、身体が完全に覚えてましたね。

 

「45’s〜」は僕にとってそんな曲です。

この曲を聴けばいつでもあの時の吉祥寺のライブハウスや、渋谷のリハスタに

戻れるのです。当時、健一は20歳でした。まだエルアールは存在していない時の

話です。

 

「45’s〜」はAメロ、Bメロ、サビの構成でしたが、サビだけが英語でした。

ある時、これは何て歌ってるのか聞いたところ、ラブソングのシングル盤の

タイトルだよと教えてくれました。

レコードコレクターらしい素晴らしいセンスだと今でも思います。

スタッフの方が、サビ部分に登場するレコードジャケットをこのコメントと

一緒に載せてくれるそうです。

是非、サビの歌を聴きながら見てみてください。

 

資料提供 this boy 菅田泰治

 

 

| - | 2018.08.13 Monday |
LP発売!

発売のお知らせから1週間。

早速沢山のご注文を頂きありがとうございます。

クロサワのレコード愛については、皆様ご存知の通りでございます。

 

ここで懐かしいアーカイブス写真を1枚。

L⇔Rファンクラブ会報誌vol.10より

「ツアー中の神戸で激レア盤をGET!あまりの嬉しさに張り倒れてしまう健一」

 

今までL⇔R時代の各アルバム、ファーストソロアルバムのLP盤が発売されております。

盤をカラーにしたり、本人解説のライナーを入れたり…etc。

クロサワ、ジャケットの紙質にも意見していたようです。

このメモの写真は、当時担当ディレクターF氏のレコーディングノート記録です。
F氏がクロサワとアナログ盤カッティング(レコードの溝に音を刻む作業)に立ち会った時のことを振り返り、コメントを下さいました。

"アナログカットの溝を見せてもらって、興奮していた健一を思い出しました。
顕微鏡みたいなレンズを覗くとラッカー盤の上に波打つようにうねった溝が見えました。
僕ももちろん初めて見たのですが、こんな風になっているのかとビックリしました。
内容まではわかりませんが健一がカッティング担当の方に色々質問してましたね。
その部屋には初めて見るような機材がたくさんありました。
その姿を思い出すと健一は、ほんとうにレコードを愛していたんだなと思います。

常に理想のレコードを作ろうと頑張っていました。"

 

 

「Hear Me Now 」カッティングも無事に終了しました!

 

タイトル:HEAR ME NOW

品番:24FL-0230

販売金額:6000円(税別)*送料も別途必要

商品形態:2枚組アナログ30cmレコード・ダブルジャケット仕様 33 1/3回転

*枚数限定発売・予定枚数終了で販売終了となります。

kuroken68 shops

 

| - | 2018.07.18 Wednesday |
黒沢健一アーカイブス4

 

98年のロンドンレコーディング以来プライベートでも親しくしていたJonathan J key氏よりメールを頂きました。
「What is this song?」のトレーラー写真に登場するこの方です。

クロサワとプライベートで
Paul McCartneyロンドン公演を観に行った時のエピソードを紹介して下さいました。

 

 

Only one “White Album“in the world

 

Coincidentally, I was thinking of Kenichi yesterday... recalling the Paul McCartney concert and when I spotted Peter Blake in the street and Kenichi got him to sign The Beatles White Album CD he had just bought.

We joked that it was the 'wrong album' (Peter Blake designed Sgt. Pepper's) but it was still a magical moment.

Kenichi said 
This is “only one White Album“in the world !!!

 

 

 


“HEAR ME NOW “

3track is fine !!
And
16track is... requiem for him.

 

 

Jonathan J key

 

| - | 2018.05.09 Wednesday |
黒沢健一アーカイブス3 plus

前回のfeatureに登場したスタッフさんより追記いただきました!

 

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諸用でロンドンにおります。

せっかくの機会なので、98年ロンドンレコーディングのコーディネーションやコーラスワークでも参加して下さった、

AKI OMORIさんと共にレコーディングをしたEDEN STUDIOを訪ねてみることにしました。


ここでアーカイブス写真を1枚。
アルバム「first」の7曲目Morning sunのコーラス入れの模様。
真剣な表情のクロサワとAKI OMORIさん。
ちなみに、彼女はアルバム「B」のスリーコードと

Science Ministryのアルバム「猿の記憶」speed of lifeのコーラスにも参加されています。

 

EDEN STUDIOはすでに閉鎖されていて、売却されたそうです。改装工事中でした。

 

合宿所だったARGYLE HOUSEは変わらずにありました。

 

ロンドンの住宅は築100年なんて普通なので、ビジネスで使っていた建物を

住宅仕様に改装するのはよくあることなのだそうです。
クロサワは建築物、特に煉瓦造りや石畳にも興味津々で、

2008年2月10日のfeatureに「自由研究」と題してその想いを語っています。
皆さま、今一度読み返してみてはいかがでしょうか?

 

もうひとつ。
2010年5月7日のfeature「UK旅行記その1」より。
“イギリスは袋に入ったサラダ用の葉っぱ(と言うのかな?)の種類が豊富なので、

その中から適当な袋を2.3種類とサラダ・クリームとポテト・チップスを購入。
部屋に戻って、それを全部袋の中で良く混ぜ合わせると僕的には立派なディナーになります。あとビールね。”

この通りに材料を準備して、作ってみました。

 

「クロケンサラダ」?

 

 

サラダクリームはイギリスの定番ソースらしく、マヨネーズよりも甘酸っぱい濃厚な味です。
確かに、立派なディナーになりました。

kk staff

 

 

| - | 2018.04.13 Friday |
黒沢健一アーカイブス3

昔好きだった音楽を聴くと、懐かしさとともに、あの頃の自分に逢えるような嬉しさや切なさが甦ってきます。
時を経た今聴き直すと、新たな気持ちも感じられるのではないかと思います。

そんな聴き直す事へのきっかけになるよう、黒沢健一の長い歴史の中で近い所にいたスタッフの人たちの記憶を皆で共有できたらどんなに楽しいことだろうと。

黒沢健一アーカイブスと題し、先にアメリカ旅行記としてアップしていたものもタイトルを変更してシリーズ化したいと思います。

不定期ですし、いつ更新するかわかりませんが、長くお付き合い頂ければと思います。

 

今回はソロ最初のロンドンレコーディング。

「What is this song?」の短いMVで使った写真はご覧になりましたか?

会社がらみの事情があるのでお名前は出しませんが、あの場にいたスタッフの方から。

お楽しみください。

 

 

 

20年前、皆さんは何をされていましたか?

98年2月、クロサワはアルバム「first」のレコーディングのためロンドンに滞在していました。


一意専心で制作をして、表現してきた黒沢健一の作品が、
長く長く、
皆さんに寄り添い続けますように。

 

 

⑴ロンドン郊外にあるEDEN STUDIO。

 

⑵スタジオの向かい側にあるフラットARGYLE HOUSE。
滞在中の合宿所です。

 

⑶スタジオ初日、近くのカフェで朝食。
エンジニアのJon Jacobs氏と早くも音楽談義で盛り上がっています。

朝食は、カリカリに焼いた薄いトーストに目玉焼き、ベイクドビーンズ(名前はベイクドですが豆のトマト煮込み)、イギリスの定番メニューです。

 

⑷JJ氏は、The Beatles、Paul Maccartnyのエンジニアとしてとても有名な方です。クロサワのフェイバリットアルバム「FLAMING PIE」のスタッフGジャンを着て来てくれました。

 

⑸お借りして記念撮影。

 

⑹「Wondering」の間奏前、
〜迷い始めてる 君が見えるよ♬〜の繊細なビブラートは、この扇風機の前で歌いました。
JJ氏のアイデアです。

 

⑺歌い終わって、、
「スゴいね、これ!…でも、口が渇く(笑)」

 

⑻クロサワが現地調達した喉のシロップ。
JJ氏は、時々ELTON JOHNの口調を真似て場を和ませてくれます。

「ELTONみたいに歌えるよ」と、いつの間にか落書きもされていました(笑)

 

⑼去年リリースされたDVD「TOUR without electricity 2009 ~ at The Globe Tokyo」
のMCで語られたエピソード。
「What is this song called?」と毎日クロサワに聞き続けたAdrian。写真からも彼の真面目さが伝わってきます。

 

⑽スタジオには飲み物以外に、スナックやフルーツが置いてあります。

Apple Recordsのマーク、グラニースミスもありました。酸味があって、さっぱりした味です。
左:クロサワが持参したThe Beatles anthology
右:黒沢健一デモのDAT

 

「first」「Wondering」

 

番外編
作業がひと段落して、一同リバプールへ。
マージー河のアルバートドックはとても美しかったです。
クロサワ、
「頭の中でずっと''Ferry Cross the Mersey''」が流れてる」と言っていました。


by  KK staff

 

 

| - | 2018.03.01 Thursday |
HEAR ME NOW
LIVETIME BEST “BEST VALUE
LIFETIME BEST “BEST VALUE
黒沢健一 Banding Together in Dreams
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