kenichi kurosawa : 黒沢健一オフィシャルサイト


アメリカ旅行記part.2 by江口

2014年2月 1997年の会社設立から17年、インターブレンド初の社員研修。

みんなでアメリカへ。インターブレンドにアーティストが所属したのは1999年以来。それ以降インターブレンドはコンサート制作会社として、コンサート専業になっていました。なので、所属アーティストとのリレーションシップが必要と思った僕は黒沢君も社員研修に同行するように頼みました。

アメリカに会社のお金で一緒に行こうという誘いを断る人がいるでしょうか?

はい!いるわけありません。と言うことで黒沢君含む一行8人のトラブルだらけで超楽しいアメリカ研修の旅が始まりました。

 

2014年2月11日

成田→ロサンゼルス

このタイミングではまずは6人。ロスに午前中に着いてまずはレンタカー。今は6人ですがすぐに1人増えるので2台借ります。まずは、僕のロスでの定番、ビバリーセンター近くのファーマーズマーケットでランチです。みんな好き勝手に食べたいものを食べます。僕はジャンバラヤ。黒沢君はサラダを食べてたと思います。サラダといっても山盛りの葉っぱ。青虫になったつもりでひたすら無心に食べてます(笑)

その後、サンタモニカの海に沈む夕日を見に行こうと言うことで、インターステイト10号線で西に向かいますが、海に近づくにつれ霧が。。。。。。サンタモニカに着く頃には視界10mくらい。海岸線のルート1号線からサンタモニカピアが見えない。海も見えない。。。仕方が無いので、ベニスビーチに移動。ここならカラフルな落書きや土産物屋で賑わっているので楽しいかと思い、駐車場に車を入れてビーチに行けど、砂浜にいるのに海が見えない。歩いている人は殆どいないし、さらにここロスなのに寒い。。

僕は黒沢君とすり鉢状のコースでスケートボードを練習している子供たちを見てはうめぇ〜と唸ってましたがあまりの寒さに長居できず。これでは夕日など見えるはずも無いし、寒くて夕方まで待っていられないので、ハリウッド近くの今夜のモーテルへ戻ることに。しかしここはロス。しかもインターステイト10号線のサンタモニカの起点からロス市内方面は渋滞で有名なポイント。例に漏れず大渋滞にはまり、モーテルに着いたころにはすっかり夜。ちなみにこのモーテル、僕はもう20回以上泊まっているので、フロントに行けば「エグチさ〜ん(グにアクセント)」と呼ばれます(笑) BEST VALUEのジャケットの内側の写真の青い看板のモーテルです。

皆さんモーテルと言うと、薬物取引や犯罪者がいるイメージがあると思いますが、それは映画やドラマの見過ぎです。実際はモーターホテルの略で車で入っていってすぐ泊まれる使い勝手の良い合理的なホテルです。

夜はモーテルの1Fにあるダイナー。ここは近所のモデル養成所だか役者の養成所だかの生徒が歴代アルバイトをしているというお店だけに、ウエイトレスのコがみんな可愛いんです。ハリウッドも近いですからね。それ目当ての客も来るのでいつも繁盛しています。僕ら一行は奥のテーブルに案内され、食事をオーダーした後にウエイトレスさんから質問されます。「どうもありがとう」の「どうも」ってどういう意味?って。え?Thank you so muchのso muchでもないし、「どうも」だけでも通じるし。。。そんなの英語に無いかも・・・訳せない!黒沢君含めみんなであーだこーだ。。。結論出ず。

昔STYXの曲で「どもありがとミスターロボット、どもども、どもども」って歌詞があったのを思い出しました。この曲のおかげで大好きだったSTYXが大嫌いになりましたが(笑)

 

夜中に眠れなかった黒沢君は下のダイナーにビールを飲みに行ったんですって。でも、ロサンゼルスは26時以降アルコールの販売をしていないので、コーヒーを飲んでいたそうです。黒沢君もかなり久しぶりのロサンゼルスで相当感慨深いようでした。

 

2014年2月12日

この日は僕と黒沢君以外はユニバーサルスタジオカリフォルニアへ。

僕と黒沢君はBEST VALUEのプロデューサーEricに逢いに行く日。約束の時間まで少し時間があったので、下のダイナーで「アーリーバードスペシャル」というモーニングセットを2人共頼みました。カリカリベーコンとしっとりフレンチトーストにメイプルシロップ、そして薄いコーヒーはいかにもロサンゼルスの朝食(笑)

食べたらEricのスタジオがあるシルバーレイクへ出発です。僕らが泊まっていたモーテルから車で15分くらいだったかな。

着いて早速出迎えてくれたのがエンジニアのChrisでした。結構大きな一軒家の中に案内してもらうと、これまた大きなレコーディング卓がある部屋に。そこではEricが黒沢君の曲をかけていました。会う前に既に選曲は終わっていたので、Ericからはこの曲はこう言うアレンジをしたいとレジメ用紙にびっしり書いてありました。僕も黒沢君もロサンゼルスのプロデューサーって「イェー、かっこよければ何でもOK〜」みたいなスラングだらけのノリかと思いきや、もの凄くジェントルマンで超丁寧な英語で話してくれて黒沢君とEricも話が弾みます。Chrisからも、ドラムはSheryl Crowのレコーディングドラマーでいこうと思っているんだよね。。。確か今はロスにいるはずだし。。って気軽に話しているし。あまりに話しが順調なので、黒沢君と二人でこれ詐欺じゃないの?って話しをしていたくらい。念のために友人に頼んでサンタモニカに住む日本人ハーフのミュージシャンの方を通訳として立ち会ってもらっていたのですが、全く出る幕無しでした。

東京に戻って調べたら、ChrisってSheryl Crowのアルバム殆どのエンジニアだったんです。

通常海外レコーディングってレコード会社が海外のコーディネーターを通してプロデューサーやエンジニアをブッキングするのですが、僕らは友人の紹介でハリウッドの第一線のプロデューサー・エンジニアにたどり着いちゃったので向こうからしても友人の紹介だから違うんでしょうね。友人として接してくれていたように感じました。そんな順調な滑り出しを確認した黒沢君と僕は安心してスタジオを後にし、帰り道沿いのファーマーズマーケットで2日連続ランチ。

ランチ後はその足でユニバーサルスタジオカリフォルニアへ向かいます。

 

僕らがファーマーズマーケットでランチしているとき、遅れて日本からやって来た大塚という契約社員から連絡が。ロサンゼルスに着いたと。これからユニバーサルスタジオカリフォルニアへ向かうと。僕らの方が後になるかもね等と話して電話を切ったのですが、その後彼には悲劇が。空港からユニバーサルスタジオカリフォルニア行きのバスくらい普通にあると思うのが日本人の甘さでした。ロスの空港にはそのような物は無く、乗り合いタクシーのようなものがユニバーサルスタジオカリフォルニアを経由するものならあったそうで、それで移動した大塚は、よくわからないところで降ろされてしまい、迷いに迷ってユニバーサルスタジオに到着。で、先発の人たちに電話するも誰も出ない。。。。

仕方が無いので、僕の方に電話してきましたが、僕らもまだランチ中で電話されてもね。。。アトラクション中かも知れないから少し待ってまた電話してみれば?とか話しをしつつ。。。

夕方僕と黒沢君はユニバーサルスタジオカリフォルニアへ。無事に大塚やその他社員と合流しました。実は僕もそうなのですが、黒沢君も絶叫系はNG。もう「チームへたれ」な黒沢君と僕はアトラクションの看板にエキサイティングなんて書いてあるだけで無理無理の連発。一番奥に「トランスフォーマー」のアトラクションがあったので乗ってみたのですが、乗った瞬間に思い出しました。ここ以前は「バックトゥーザフューチャー」のアトラクションのあった場所だ!と。案の定目も開けられず、歯を食いしばって終わるのを待つという最悪な5分間。結局何しに行ったのかわからないまま、朝から行っているチームが満足したようなので、終わりにすることに。

その日の晩はロサンゼルスを後にしてそのままオレンジカウンティー、アナハイムのモーテルに移動です。アナハイムと言えば何があるところかわかる方もいるでしょう。そう僕らはディズニーカリフォルニアの正面のモーテルにチェックイン。

 

2014年2月13日

僕らは歩いてディズニーカリフォルニアアドベンチャーに。

アドベンチャーは日本にはありません。ほぼピクサーランドと言っても過言では無いくらい、トイストーリー・カーズ・バグズランドなど、ピクサーファンにはたまらない所です。「チームへたれ」としてはなかなかどう楽しむか難しいのですが、とりあえず、トイストーリーに出てくる緑色の兵隊さんたちの行進を見たり、バズライトイヤーが警備員と建物の影で揉めている所を見ちゃったり、それなりに楽しんでました(笑)

そうこうしているうちに弊社女子から夕暮れのロスの街が見えるので観覧車乗りましょうよと誘われますが、僕は知っているのです。あの観覧車、途中でゴンドラが落ちるのを。これ言葉での説明は難しいのですが、とにかく超怖い観覧車なので乗る気は無かったのですが、「夕暮れのロスの街」と言う言葉にTOTOの「I’ll Be Over You」のPVを想像してしまい、怖いのを忘れて乗っちゃいました。黒沢君はもちろん乗りませんが。観覧車の中で「夕焼けのロサンゼルス綺麗ですよ〜」という言葉は聞こえました、が、景色を見る余裕など無く、ずっと踏ん張って足下を見ていました。後悔。。。

その晩はディズニーダウンタウンの中にあるHOUSE OF BLUESの2Fでパスタやサーモンなどみんなでシェアしました。1Fではライブやってましたが、誰だかわかりませんでした。黒人さん達のグループとだけ。スイマセン。

 

2014年2月14日

朝4:30出発でロサンゼルス空港へ。途中レンタカーを返して空港に着くと激混み。東海岸の大寒波のため、全米で欠航2千便。日本と桁が違います。さすがに穏やかで暖かいロサンゼルスにも影響が無いわけありません。それでも1名以外はスムーズにチェックインが出来たのですが、1名だけトラブル。その1名は後から合流した大塚でした。荷物担当の黒人のお姉さんが大塚に渡したタグには別の行き先と別の名前が。彼の荷物のタグでは無い事は確かです。直前にいた韓国人のグループの中に大塚のタグが紛れてしまったのは明らかなのに、その黒人のお姉さんはダクが無いのは私のせいでは無いと冷たい返事。まぁ日本ではあり得ない事ですが、外国ではよくあることです。どうしようもありません。僕はこの飛行機に乗らないと黒沢君含め他の社員全員が次の目的地に着いた後、レンタカーも借りられず、ホテルもチェックインできなくなり路頭に迷います。大塚には申し訳ないのですが、「あの黒人姉さんダメだから、別の人におねがいした方が良い」とだけ言い残し、僕は飛行機へ。

一人減って6人に戻った一行が着いたのはネバダ州のラスベガス。はい、有名なギャンブルの街ラスベガスです。エンターテイメントの街でもあります。 まだ午前中なので、ホテルには行かずにプレミアムアウトレットノースに直行。インターステイト15号線で行けばあっという間ですが、皆ラスベガスが初めての人ばかりなので、あえて街の中心部を通るラスベガスブールバード、通称ザ・ストリップを通ります。が大失敗。フラミンゴの南隣のBillsホテルだったところが解体工事しているため大渋滞!やっとの事でアウトレットに着くともうお昼。ランチしてショップを物色し始めた途端に大塚から連絡が。

やはり別の窓口のお姉さんはキチンと対応しくれたらしいですが、トラブル対応の窓口にまわされ、行ってみるとその列は建物内に入りきらずに外に向かって延々と続いていたそうです。2時間以上並んでいる間、ラスベガス行きの空席を確認すると夜の便まで満席になっていてすっかり落胆していたらしいですが、自分の番が来て事情を説明すると、なんと30分後の便に乗れることに。 ロスからラスベガスまで1時間もかからないので、僕も急いで空港に迎えに戻らなければなりません。結局何も買わずに空港に。

バゲージクレイムで大塚と合流し、インターステイト15号線に乗ろうとしていた時にアウトレット組からホテルに行くとの連絡が。仕方がないので急遽一般道へ。実はこれがこの後アメリカにいる間ずっとつきまとう面倒を引き起こしたのです。はい、空港を出たところでスピード違反でつかまりました。

アメリカで交通違反でつかまるのは初めてではありません。ロスで駐禁、テキサスでスピード違反、ハワイで一時停止無視、テキサスとハワイは怒られただけで済みましたが。ロスでの駐禁はとても簡単に処理できました。日本より圧倒的に簡単です。 今回白バイに止められたときは何のことかわからなかったのですが、アメリカの警官も日本の警官と同じ事を言うんですね。「ここ何マイル制限か知ってるか?」アメリカなのでkphではなくmphです。「55でしょ?」と答えると、「いや、35だよ!その信号の先は55だけど。。」OMG!まじですか?なんでここだけ35?スクールゾーンでも無いのに。。

僕のPlease speak slowlyにOKと答えたはずの警官はペラペラペラペラともの凄い勢いで話し始めます。ノンストップで話し続け、最後に「わからないことがあったら、違反切符の裏面に書いてあるこのアドレスにアクセスしてみて」だと。はい、それだけ聞ければ充分。

急いでホテルに向かい、黒沢君含め一行と合流しチェックイン。今晩から怒濤の観劇が連日続きます。エンターテイメント研修です!

ラスベガス初日、記念すべき最初はミラージュホテルでやっているシルクドソレイユの“LOVE”。The Beatlesの曲に合わせファンタジーなストーリー展開のサーカス。何度見ても楽しいショーです。終わると次は急いでベネチアンホテルに移動です。ここではTim McGrawとその奥様のFaith Hillの夫婦ライブ“SOUL2SOUL”。ベネチアンの中にあるホールは赤絨毯のゴージャスでリッチな雰囲気。そこにデニムにTシャツの僕らが入っていくと、2000人ほど入るホール全体がざわざわ。カントリーの大御所の夫婦のライブです。客席には着飾った白人しかいません。さらに僕らの席は最前列。席に着いた途端更にざわざわ、、、ライブが始まるとステージ上のミュージシャン全員、僕らを二度見(笑)アジア人が最前列に集団でいることも珍しいのでしょう。また僕ら結構乗りが良かったのもあるので、ギターソロとかやたら僕らの前にやってきます。最終的にはTimとFaithの2人ともステージを降りてきて握手してくれました。黒沢君もただのファンになってました(笑)もう興奮冷めやらぬままその日のノルマ達成。

その後、ホテルで裁判所のサイトへ行き、違反切符の番号を入力すれどNOT FOUND。夕方だったので明日まで入力されないのかな?と。

 

2014年2月15日

この日はもう1人日本から合流します。弊社中堅の松田です。この日の夜、まずはシルクドソレイユの"KA"をMGMで見ました。"KA"は数ヶ月前、公演中に演者の死亡事故があったため、そのシーンはビデオになっていました。僕は過去に2回このショーを見ていますし事情も知っているので、ここか、、、と悲しい気分で見ていましたが、黒沢君含めみんな、あのシーンなんだったの?と思ったようです。

"KA"が終わると、大急ぎでプラネットハリウッドに移動です。ほぼとなりの建物ですが、双方共に巨大なので結構時間かかります。さいたまスーパーアリーナを2つ端から端へ移動するような物です。しかもごった返した人ゴミの中です。間に合わないと諦めながら会場に入ったのですがまだ始まってませんでした。さすがBritney Spears。今日合流した松田のリクエストです。

が、いっぱい出てくるダンサーの中にBritneyがいるはずですが、どの人だかわからない。。。真ん中のダンスがあまりうまくないのがBritneyのようですが、入口の看板とはまるで別人で、、、、、、太ってます。それでもまわりの高校生くらいの白人女子達の歓声悲鳴はもの凄く、殆どの曲で大合唱が始まります。

Britneyの人気の度合いがよくわかりました。日本での評価とはまるで違います。黒沢君も僕も、リクエストした松田も、音楽的に興味があるわけでは無いですが、アメリカンエンタテイメントの勉強にはなったと思います。舞台セットは凄かったですからね。

 

2014年2月16日

朝早起きして今日はアリゾナに向かいます。フーバーダムを抜け、キングマンに向かう途中、ドーランスプリングという村というか集落で左折、村の中心部を抜けると一面のジョシュアトゥリーが自生するエリアに突入します。更にアスファルトすら敷いていないガタガタ道を50kmちかく走り、インディアンの部族・ワラパイ族のリザベーションに入るとまたアスファルトが復活します。

更に奥に入ると、ワラパイの管理する小さな飛行場が。そうここはグランドキャニオンウエストと呼ばれる、あの有名なグランドキャニオンではないもう一つのグランドキャニオンです。透明のアクリル板で作ったUの字の橋が断崖絶壁から張り出したSKYWALKと呼ばれるものが作られています。そこに行くのが目的ではありますが、「チームへたれ」的にどうなのか。僕は下に鉄骨があるところの上をささっと通ってあっという間に終了。途中で立ち止まったり、下を見たりは決してしません。黒沢君も同じ。ここまで3時間近くかけて来たにもかかわらず、ものの20秒で終了。他の社員達はキャッキャ言いながら、手すりから身を乗り出したりして下を見ています。下って言っても1200mですよ。飛行機の窓から外見ているのと同じです。飛行機の羽の上に展望デッキがあるようなもんです。あり得ません!

さて、その日の夜はクアッドでやっている"Recycled Percussion"というゴミ箱や鍋などのがらくたを叩きまくるパフォーマンスを見に行くので、グランドキャニオンウエストも駆け足で終わらせてラスベガスに戻ります。

"Recycled Percussion"はとても楽しくてギャグ満載のエンターテイメントです。入り口でお客さんは鍋とスティックを受け取り、拍手の代わりにカンカンカンカン叩きまくります。フラストレーション発散にはもってこいです(笑) この日はこのショーだけなので、晩ご飯はみんなでどこかに。どこに行ったか忘れました。

 

2014年2月17日

待ちに待った月曜日。朝起きて早速裁判所のホームページへアクセス。がまたしても僕の違反記録がありません。。。。夜またチェックしよう。

この日は8人中3人が日本に帰ります。残ったのは僕と黒沢君と大塚と松田と永田。永田だけ女性。紅一点。この日、松田がダウンタウンのフリーモントアーケードへ行きたいとのリクエスト。そう、フリーモントアーケードは500m近いかまぼこ形の天井が全部LED画面になっているところです。フリーライブをやるステージが100mおきにありギラギラネオンの古き良きラスベガスという趣の所です。でもこの日僕らがいた時間にLEDの天井は一度も光ることはありませんでした。松田残念。

黒沢君は今回ラスベガス初めてだったらしいのですが、ずっとラスベガスって歌舞伎町みたいな所だと思っていたそうです。駅があって巨大な商店街というイメージ。最初にザ・ストリップを車で通ったときに、思っていたのと全く違うことに気付いたそうで、その規模の凄さにビックリしたそうです。ただ、フリーモントアーケードに来たとき、確かにそこにはラスベガスの駅だった跡地があり、そこから始まるアーケードという街の作りは中野ブロードウエイと同じと言えば同じです。このダウンタウンに安心したんでしょうか?人数が減ったからでしょうか?黒沢君のテンションが徐々に上がって来たのがわかりました(笑)その夜はまたまたシルクドソレイユの"ONE"と、同じくシルクドソレイユですが唯一の18禁の"Zumanity"の2本立て。

ホテルに帰って裁判所のHPへ再度行ってみるがやはり違反記録無し。

 

2014年2月18日

先に松田が日本に帰り、残ったのは4人。今日は火曜日。この日はどこに行く予定も夜のショーの予定も組んでいない全くのフリー日。とりあえず、午前中にホテルのロビーで落ち合いどうするか打ち合わせ。この社員研修の半年前、1人でコンサートを見にラスベガスに来た僕はエリア51に行った話を以前したことがあったのを思い出したみんなが、エリア51行きを希望。

実は半年前、ネットでエリア51と呼ばれている米軍基地への行き方を調べて、ぷらっと行ったんです。でも何も下調べもせず、ガソリンを満タンにもしないで行ったものだから、途中で「この先150マイル先までガソリンスタンド無し」の看板をみてびびってしまい、基地に一番近いレイチェルという村まで行って引き返してきちゃったんです。しかも、レイチェルの唯一のモーテル兼ダイナー兼土産物屋さんの土産物があまりにしょぼかったので、レイチェルの手前50kmくらいの荒野の中にぽつんとあった土産物屋に帰りに寄ろうと思い何も買わずに店を後にしました。その店の前には高さ10mくらいの宇宙人が立っていて見落とすことはありません。しかし車を止めて建物に近づくと残念なことに毎週火曜定休と書いてありました。。。店の名前は「エイリアン・リサーチ・センター」

そんなこんなで僕はみんなに確認をして、みんな納得してくれるなら行こうと言うことに。何を確認したかというと、

・    エリア51はグルームレイク米軍基地のことなので当然中には入れない

・    宇宙人には会えない(はず)

・    UFOも飛んでない(はず)

だって、往復500kmも走ってエリア51に行ったけど何も無かったって言われても困りますから。

もちろん全員納得。僕にとってはリベンジ開始です。半年の間に2回もエリア51に行くことになるとは思ってもいませんでしたが(笑) まずはインターステイト15号線を北上します。途中のインターを降りたところのLOVE’Sでガソリン満タン!

その先、延々荒野の中の一本道をひた走ります。地平線の彼方に見える尾根を越えるとまた同じ景色が広がります。1時間半くらい走るとクリスタルスプリングスという交差点にさしかかります。そこを左に曲がり更に二股を左に、ちょっと行ったところにエイリアンリサーチセンターがあります。もうすぐ身長10mのエイリアンが見えるというところで、「今日何曜だっけ?」と僕。永田が「火曜ですね」と。・・・

「みんなごめん、今日休みだ!」みんな「えーーー」

とりあえず、アルミで出来た巨大な体育館のような建物とその前に立つ巨大なエイリアンの写真を撮りに駐車場に入ります。みんなが写真を撮っている間僕は車の辺りでその光景を見ていたのですが、表の通りから土埃を巻き上げて1台の車がこちらに向かってきます。通りがかった店のオーナーか、休みだと知らない観光客かなと思いそちらを見ていると、僕らの車の隣に停まりました。

中からは小太りの背の低い白人男性と、ひげ面でひょろっと背の高い白人男性が降りて僕のほうに向かってきます。見ると2人ともなんか興奮している様子です。開口一番で彼らが言ったのは、「これから行くところか?帰ってきたところか?」僕が「なんの話し?」と聞き返すと、「エリア51に決まっているだろ!」と。「あぁ、これから行くところだよ」と答えると、もう興奮しまくっている2人は、レイチェルという村にあるダイナーは良いところだとか、そこのモーテルに昨晩泊まった、星空が最高に綺麗だったとか、みんないい人(人間じゃ無いかも知れないけど)だったとか。でエリア51へ行くマップを見せてくれ、(基地のゲートを指さしながら)ここで写真を撮ったらスクランブルか何かがかかってグチャグチャの絵になっちゃうんだよと、iPhoneを見せてくれました。僕ら3人が盛り上がっているところに黒沢君始め3人が戻ってきてどうしたの?と。グチャグチャの写真を見て黒沢君も超興奮してます。そして超高速英語で白人2人と話し始めます(笑)ちなみにそのエリア51のマップはどこでゲットしたの?と聞くと、レイチェルのダイナーで60セントで売っていると(笑)

白人2人組(僕らこの後、小太りのほうをエルトンと呼ぶようになりました(黒沢君命名))と別れた僕らは車中異様な盛り上がりです。クリスタルスプリングスからレイチェルの間にはひと山あるのですが、その峠あたりがコヨーテサミットという地名です。コヨーテを英語で発音すると、コヨリー(ヨにアクセント)となるのですが、みんなで黒沢君を先生に発音練習するくらい、訳がわからない一行と化してました。

30分ちょっと走ると、人口50人の村レイチェルに着きます。僕は今回こそ土産物を買う気満々で店に入ります。土産物コーナーの一番奥に金太郎飴状態のエイリアンの顔の絵が描いてある消しゴムが30セントでおいてありました。これ良いなっと思いつつ、ちょっとよそ見して視線を戻すと、、、、1つもありません。???よく見ると、永田が全部持ってました。僕はスーツケースに貼るステッカーとエリア51のゲートの場所が書いてあるマップを購入。黒沢君は黒に白刺繍でAREA51と書いてあるキャップを購入。以降日本に帰るまでずっとかぶっていました(笑)

さて満を持してエリア51と呼ばれるグルームレイク米軍基地に向かいます。道中出会ったエルトンとその友人から基地に近づける入口が2箇所あることは聞いています。まずはグチャグチャな写真しか撮れなかったというフェンスがあって衛兵がいるゲートに向かいます。アスファルトを敷いていないダート道で荒野の中にドンドン入っていきます。ほとんど道と呼べるようなものでは無いので地図に書いてある交差点もどこのことかよくわかりません。しかし幸いなことに荒野の彼方を土埃を上げて走る車が見えました。あ!あそこに道がある!土埃が見える方向に走っていくと、急にアスファルトの道に変わりました。しばらく走ると、基地のゲートが有り、先ほどの土産物屋の駐車場に駐まっていた車が何台かいます。黒沢君曰く、カップルが乗っている1台はロシアの諜報員で、もう一台の家族連れに見えるのはドイツの諜報員だそうです。ちなみにこの黒沢君の妄想を僕らは「黒沢劇場」と呼んで旅行中ずっと楽しんでいました(笑)

僕らも車を降り、フェンスの近くで写真を撮りますが普通に写ります。マシンガンを持って立っている衛兵の顔色をうかがいながらもう少し近づいて写真を撮りますが、ちゃんと写ります。最後にはフェンスに手を突っ込んで写真を撮りましたが、やはりちゃんと写ります。「奴らのiPhone壊れてただけじゃないの?」という結論に達した僕らは、もう一つの入口に向かいます。こっちは更にアスファルトの敷いてない荒野の道を進んで丘陵地になるところまで来ました。

エルトン達からはゲートがない代わりにオレンジ色の看板があるから見落とさないようにと。その先に入ると逮捕されるとも。そして、丘の上に白いジープが駐まっていて、そこから監視していると。

丘陵地を走っていると突然真っ黒な牛が放牧されていて、こちらを睨んでいます。牛に突進されたら車なんかひとたまりもありません。結構ドキドキしながら牛の群れを抜けた所にオレンジ色の看板発見!念のため車の向きを来た方向に180°転回してから車を降ります。僕らはここから奥に行く気は無いと意思表示しておけば少しは安心かなと。やはりエルトンの言ったとおりに右手の丘の上に白いフォードラプターが駐まっていました。そして左の岩の上には灰色に塗られた監視カメラが。完全に映画の世界です。X-FILEです。リアルに怖い感じです。写真を撮るだけ撮ってとっとと帰ることに。まぁ監視カメラの向こうでこちらを見ている兵隊さんもエリア51の帽子をかぶっているアジア人達が何かをするとも思ってはいないでしょうが(笑)

 

ガタガタ道を10分も走るとコヨーテサミットから降りてきた麓で幹線道路に戻ります。コヨリー!(ヨにアクセント)

その後1時間くらい走った途中に1軒気になる建物があったので寄ってみることに。荒野のど真ん中に「COWBOY’S DREAM」とでっかい看板を出しているもの凄く大きなログハウスです。てっきりステーキ屋さんかと思い入ってみたら、なんとホテルでした。たまたま誰もいなかったので恥ずかしい思いはしないで済んだのですが、ロビーもカントリー調で、、いや本物のカントリーです。調ではありませんね。とにかくカッコ良い!みんなで今度またこのあたりに来ることがあったら絶対泊まりたいねと話しながらそこから出たのでした。

もうステーキが頭から離れなくなっていた僕らは、ちょっと先にやっぱりぽつんと1軒看板が出ていたのを思い出しました。ちょうど日が沈んだ直後にその店に入ったのですが、この店の看板が「Looking For The Places」のジャケットになった看板の元です。

いやいやその店、本当にもう一回行きたいです。素朴ないかにもカウボーイという青年のウエイターは、僕らアジア人の一行を満面の笑みで迎えてくれました。頼んだのは4人とももちろんステーキ。ソイソースある?って聞いたら、わざわざ厨房まで探しに言ってくれたけど残念ながらありませんでした。

こう言う田舎のダイナーでの食事は大好きです。

食事の後、真っ暗闇の中を1時間ほど走ってインターステイト15号線に戻ります。

ラスベガスに向かって南へ高速を走ると途中の丘を越えた瞬間、目の前に一面の光の大地が見えるのです。一面のゴールドの光です。この景色が見えた途端、車の中は大盛り上がり!ほんと大都会に戻ってきたという実感が湧きます。

そして、ホテルに戻る前に昨日昼間に行ったダウンタウンに寄ってみようと言うことになり、途中でインターステイトを降ります。

フリーモントアーケードのそばの駐車場に車を入れ、アーケードに着いたら、アーケード及びそこに面しているホテル・土産物屋・レストランなどすべての看板・ネオンの電気が消えました。時計を見るとぴったり21時。ん?この街21時で終わり?んな訳ないだろ!と思った瞬間、500m近いLEDの天井でBon Joviのライブが始まりました!アーケードの下にいた何千人もの観光客がウォーと歓声を上げます!僕らもヤバいくらいテンションアップです!Livin’ On A Prayerのサビで高くて声出ないけどみんな叫んでます。Bad Medicineともう一曲、合計 3曲15分でライブ映像は終わり、ネオンや看板の電気もつき、普段のダウンタウンに戻りました。夢でも見ていたかのような15分。凄かった。。。松田、見れずに残念。

 

そう、その松田、ラスベガスの空港からサンフランシスコにまず飛ぶのですが、いきなりその飛行機が遅れ、サンフランシスコに着いたときは成田行きは飛び立った後。どちらもユナイテッドなのに連携無し。実は松田は成田からもトランジットで、札幌に行く予定でした。成田行きに乗れなかったので、札幌行きにも乗れません。なので、日本のANAに電話して事情を説明。更に同じスターアライアンスグループなんだから、何とかしてくれと訴えたそうです。そうしたら何もしてくれないユナイテッドとは大違いで、無償でサンフランシスコからロサンゼルス行きのユナイテッドを手配してくれ、更にロスからの成田便を手配してくれ無事に日本に帰ったそうです!さすが松田!ANAに頼むとは素晴らしい機転です。

 

2014年2月19日

今回の研修旅行の最後の日です。

ちなみにまだ裁判所のHPに僕の違反情報がアップされません。

今日は永田と大塚がまずNew York New Yorkにあるジェットコースターに乗りたいと。ニューヨークの摩天楼を模したホテルの建物と自由の女神の隙間を縫って走っているジェットコースターです。遊園地にあるものとは見える景色が全く違います。チームへたれの僕と黒沢君はNYNYの駐車場でジェットコースターを眺めながら裁判所に電話をかけてみます。僕は相手の顔が見えない電話での英語は厳しいので、黒沢君に頼みました。黒沢君は困難に直面すると燃えるタイプです。自分のことのように解決しようと頑張ってくれます。裁判所に電話すると、まずはオートアンサーで直接話したい人はプッシュ何番を押してくださいと。しかしただ呼び続けるだけで誰も出てはくれません。何度か電話しましたがずっとそんな調子です。結局ジェットコースターに乗り終わった二人が駐車場に戻ってきたので、裁判所に電話するのは一旦終了。

続いて向かったのはストラトフィアタワー。ここ、高層ビルの屋上にアミューズメントエリアがあります。ビルから10mほど突きだして止まるジェットコースター、同じくビルから突きだしたところで回る回転ブランコ、そしてフリーフォール。チームへたれには200%あり得ない所です。こんなところに行きたいという人は同じ人間とは思えません。ちょうど何日か前にタコベルを探して彷徨っているときにストラトフィアの近所にアナログLPの店を発見していたので、怖いもの知らずの2人をタワーの下で降ろして、僕らはレコード屋さんに。

黒沢君はウォーと唸りながら物色。割とすぐにタワーで降ろした二人から電話が。もう終わったのかと思いきや、屋上付近の風が強くてアトラクション全部中止だそう。そりゃ残念だけど、まだ迎えに行けないから待ってるように指示。

黒沢君は何枚かLPを買い、僕もStevie NicksのDVDを買ったかな。 そして4人でプレミアムアウトレットサウスへ。みんな日本へのお土産を買いに。僕は行きつけのインディアンジュエリーショップへ。いつもの白人女性の店員さんは日本が大雪なのを知っていて、大変だね〜とか、ちょうどソチオリンピック中だったので羽生選手キュートね〜とか世間話をしながら土産を物色します。

 

さて今夜はシーザスパレスでCeline Dionを観る日です。ライベガス初日に見たTim McGrawとFaith Hillのライブの際、白人の女性達が着飾っていたのを見た永田は、アウトレットでドレスとアクセサリーを購入。これがラスベガススタイルと言わんばかりのドレス姿に男3人は大絶賛!Celine Dionのライブもラスベガス最後の夜にふさわしい極上のエンターテイメント。ライブ後はパリスの中にある高級レストランでディナー。建物の中ですが、テラスの席を選びました。天井には空が描いてあるので外は夜だけどここは昼間です。ちなみに黒沢君はこの日一日中エリア51のキャップをかぶってました(笑)ラスベガスに何万人という人がいますが、この日この帽子をかぶっていたのは黒沢君だけでは無いかと思います。

 

2014年2月20日

ラスベガスの空港では搭乗ゲートが2回変更になり、そのたびに民族の大移動が始まります。3回目の搭乗ゲートでパイロットやCAさん達が乗り込んだので、今度こそ出発できるようです。まずはサンフランシスコに向かいトランジットして日本へ向かうのですが、果たして間に合うのだろうか。サンフランシスコ空港についた後は、ひたすら「RUN! RUN! RUN!」の声に煽られて、Duty Freeに寄ることも出来ずに成田行きユナイテッドに押し込まれます。僕がボーディングゲートを通った後ろで扉が閉められました。。。ゼーゼー言いながら席に着くと、旧型のボーイング744にはTVモニターがありません。マジか?今どきTV無しの国際線飛行機なんてあったのか!とりあえずCAさんに水もらって、落ち着くことに。

 

仕方がないから寝るか。

 

こうしてインターブレンド初の社員研修、アメリカエンターテイメントの旅が終わりました。黒沢君的には超楽しかったらしく、またいろんな出来事を乗り越えていく僕らスタッフを頼もしく思ったそうです。

 

日本に帰ってきて、翌日裁判所のHPへ行ってみると、遂に僕の違反番号が出てきました。反則金の金額も出ていたのでそのままPaymentに進むのですが、クレジットカードの住所書く欄にアメリカ以外の住所を書くことが出来ません。なんと国際都市ラスベガスの裁判所なのに、インターナショナルのクレジットカードを受け付けないなんて!

反則切符の裏面に、「裁判所に出頭しないで解決する方法」という欄が有り、そこに郵便為替で反則金を裁判所に送るように書いてありました。早速郵便局でドルの為替を作ってEMSで違反切符のコピーと共に裁判所に送りました。

翌週再度HPに行くと反則金受け取り済み、CASE CLOSEDとなってました。良かった。。。。

 

最後にAREA51の帽子をかぶって「ゲートの無い」基地入り口でご満悦の黒沢君の写真を。

これアーティスト写真として使おうかな(笑) さすがに黒沢君怒るな(笑)

 

| - | 2017.04.12 Wednesday |
LIVETIME BEST “BEST VALUE
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黒沢健一 Banding Together in Dreams
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